立川オステオパシーセンター / 平塚 晃一先生の紹介

  MRO(J) No.1005
  名前 平塚 晃一
経歴
1961年〜
  1967年
闘病生活(18才〜24才)
1968年 オステオパシーの勉強を始める。
1969年 日本指圧学校卒業
1971年 全日本オステオパシー協会設立と同時に入会、役員を務める。
1974年 平塚指圧治療所を開業、オステオパシー治療を始める。
1980年 全日本オステオパシー協会退会
1981年 PAAC副会長
1985年 PAACオステオパシー研究部会部長
1990年 日本オステオパシー学会創設、会長に就任
1990年 屋号を立川オステオパシー・センターと改称

経歴・プロフィール
 18才〜24才まで腰痛と内臓疾患で6年間の闘病生活を経験し、手術3回も含め西洋医学、そして東洋医学の鍼や灸も2年間に渡って施術を受け、漢方薬や手近な療法を様々受けたにも拘わらず、一向に回復の兆しを見なかったが、ある通っていた治療院で西洋医学でも東洋医学でもない背骨の矯正の理論を聞き、自分の症状と納得のいく説明に回復の希望を持ちました。その後、自然治癒力の力も手伝って、多少動けるようになった後、自分自身が治りたい一心で治療の勉強に入りました。
■オステオパシーとの出合い
 32年前より背骨の矯正の理論がオステオパシーであることを知り、オステオパシーの勉強が始まり、勉強をしていくうちにさらに健康を回復することができました。
 自分の健康が回復すると共に西洋医学や東洋医学でも救われない私のような患者さんの為にアメリカ医学であるオステオパシーの治療の存在が必要であると考え今日に至っています。
 当初はオステオパシーの勉強は徒弟制度でなければ学ぶことができなくて大変でした。本もテキストもなく師匠の一言一句が教科書であり大変閉ざされた世界でした。オステオパシーは1874年にアメリカで発表され欧米にはオステオパシー医学として大学があり、学校で教えられていることを知り、また他の要因もあり師匠を離れ自由に勉強してきた結果、欧米の数多くのオステオパシーの先生方と知り合いとなり外国のオステオパシー大学を視察したりして、改めて日本にも適切な勉強の環境が必要であることを痛感し、同志と共に日本オステオパシー学会を1990年に、日本オステオパシー専門学院(現在のジャパン・カレッジ・オブ・オステオパシー)を1992年に設立し現在に至っ ています。

JR立川駅より徒歩2分

立川オステオパシーセンター
〒190-0012
東京都立川市曙町1-15-1
谷ビル2階
TEL : 042-525-3670



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